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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(あ)950号 判決 1957年3月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人三宅次郎および被告人本人の各上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張を出でないものであって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして、たばこ専売法二九条二項の販売とは、不特定、多数人に対してなす目的を以てなされる有償的譲渡行為を指し、必ずしも営利の目的を要するものと解すべきでないこと原判決の説示のとおりである。

しかし、職権をもって調査すると、原判決の判示並びに挙示の証拠によれば、被告人は、予てから旅館業を営み、宿泊客等から煙草の購入方を依頼されたときは、その都度自宅から五、六百米離れた居村にただ一軒しかない煙草小売人柴山倉吉方に女中を遣わしていたのであるが、同小売店は、午後十時過以後は閉店することがあって、客の依頼に応じ得ないこともあり、且つ、多忙の場合には女中等の手数も少くないので、そのような不便を避けるために必要な限度内において客の依頼を予想して比較的需要の多い光十本入、コールデンバット二十本入等取り混ぜ約二十個づつを一括して予め右柴山方から定価で買入れ、これを帳場の押入内の硝子壜に入れて保管し置き、客の現実の依頼の都度その所要個数を取り出し客に交付し、即時又は宿泊料支払の際定価に相当する額の金銭だけを受取っていたものであることを窺知することができる。そして、原判示第一の(一)、(二)の事実も、前記小売人以外の者より入手し又は売店若しくは店頭に陳列して一般人に譲渡したものではなく、全く前記のごとき経緯の下に判示のごとき小量の煙草を判示宿泊客に交付したものであり、また、原判示第二の事実は、右のごとき目的で帳場の押入内の硝子壜に入れて置いたに過ぎないものであることを窺知するに充分である。されば、当裁判所は、右のごとき交付又は所持は、たばこ専売法制定の趣旨、目的に反するものではなく、社会共同生活の上において許容さるべき行為であると考える。従って、同法二九条二項にいわゆる販売又は同法七一条五号後段にいわゆる販売の準備に当るものとは解することができない。それ故、原判決は、刑訴四一一条三号又は一号によりこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、同四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

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